代表世話人 挨拶

 四国リンパ浮腫治療懇話会の開設にあたって

                 代表世話人 真泉会第一病院名誉院長  加藤 逸夫

 リンパ浮腫はいったん発症すれば、現時点では根治させることは極めて困難であり、全てが象皮病に至るとは限らないが、放置すれば絶えず進行性である。

 近年飛躍的な発展を遂げた動脈・静脈疾患の外科的治療に比して、リンパ浮腫を代表とするリンパ管疾患の外科では、古来多くの手術法が開発されては、消えていっており、新しい試みもなされてはいるが、一般に認知されて広く行われる決定的な手術的治療法は未だ存在しない。しかし、リンパ浮腫は、決してどうしようもない疾患ではない。現在、国際的にも広く認められているリンパ浮腫治療のゴールドスタンダードは、複合的理学療法であり、その骨子は、
①スキンケア、②圧迫療法、③圧迫下の運動療法、④リンパ誘導マッサージの四点から成っている。この四つを欠かさず、正しく行うことによって、悪性腫瘍細胞がリンパ管内に広く浸潤してリンパ浮腫を来すいわゆる悪性リンパ浮腫を除いて、原発性、続発性を問わずあらゆるリンパ浮腫の治療に効果が得られるとされている。早期に発見して、徹底的に継続することが、いっそ有効であることは論を待たないが、たとえ進行した症例であっても、進行を抑え、軽快をもたらして健康な日常生活がおくられるようにすることは決して不可能ではない。このことは、根治は出来なくても、コントロールは可能で、それにより健康な生活が営める点で、糖尿病の治療に似ている。生涯治療を継続する必要のある点も、両者に共通している。

 かつて我が国でも、東北大学の大原到先生、大阪大学の大城猛先生、浜松医科大学の坂口周吉先生など、積極的にリンパ浮腫の外科的治療に取り組まれた先達もいらしたが、一般に、欧米に比して複合的理学療法の普及は著しく遅れていた。多くの患者さんがリンパ浮腫の適切な治療を受けられずに苦しんでいる状況を憂い、その改善を願った医師達(上山武史、廣田彰男、重松宏松尾汎、小川佳宏、加藤逸夫ら・・・)がリンパ浮腫治療研究グループを作り、2001年6月浜松市での第25回日本リンパ学会総会においてサテライトシンポジゥム「リンパ浮腫医療の現況」を開催している。この研究会は発展して2003年には、正式にリンパ浮腫治療研究会として発足し、日本リンパ学会、日本静脈学会、日本脈管学会の後援を得て、リンパ浮腫の治療について医療関係者、患者さんの教育と啓発を行うことになり、これらの学会の総会時に共催でリンパ浮腫に関する市民公開講座などを毎年開催してきた。これらの学会を通しての厚労省への働きかけ、最近では癌治療の副作用としての続発性リンパ浮腫との関連から癌関連学会からの働きかけ、患者会の努力など、関係各位のご尽力の結果、2008年4月から診療報酬の対象としてリンパ浮腫の名が初めて取り上げられた。待望久しかった弾性着衣の治療用装具としての保険給付が認められたことは、大変な朗報であるが、限られた疾患の術後の続発性例にのみに適用され、原発性例には適応されないなど、患者さんはもとより、リンパ浮腫の診療に携わる医療者にとってもまことに片手落ちの、残念な決定と思われる。リンパ浮腫治療の普及のために、その改正の要求も含めてなおいっそうの努力が必要である。

 最近、リンパ浮腫に対する関心が少しずつ高まり、かっては見られなかったのであるが、乳癌や子宮癌の術後に未だ浮腫が明らかでない時点で、予防のためとして受診される方がおられる。しかし一方では、受診しても治療法が無いと云われて治療をあきらめたり、診断されても納得のいく治療が受けられなくて重症化した症例や、生涯続くリンパ浮腫治療で最も重要な自らの努力を怠って治療効果が挙がらない症例に遭遇することは決して少なくない。また、セルフケアの重要性を自覚していても、高齢で体力の落ちている一人暮らしの方などでは、着圧の高い弾性着衣の着用は困難であり、セルフケアを行えない場合も稀ではない。デイケア、訪問看護、ボランチアなど社会的支援が必要となってくるが、その恩恵を受けられない人も多い。

 リンパ浮腫治療についての市民公開講座などの患者さんから、「私は、いくつもの病院を訪ねましたが、お聞きしたような治療を行ってくれる病院はありませんでした。私は一体どこへ行って、誰に診てもらえばいいのでしょうか。」との質問を受けて答えに窮したことが何度かあった。 リンパ浮腫治療研究会として全国的な活動に参加するとともに、地元の四国四県のリンパ浮腫診療の現況を把握し、なるべく多くの医療関係者にリンパ浮腫の診療に関心を持っていただけるように、四国四県内の各県持ち回りで情報交換や勉強会などの機会を設け、さらには患者さんの啓発、教育を行っていくために、四国リンパ浮腫治療懇話会を設立しようではないかとの話し合いが、四県で積極的にリンパ浮腫の診療に携わっている医師の間で持ち上がり、各県からそれぞれ世話人を選び、協議してここに四国リンパ浮腫治療懇話会を発足させることになった次第である。

 本年四月一日から、初めてリンパ浮腫の治療が、一部とはいえ医療保険の対象として取り上げられたことは、我が国で適正なリンパ浮腫診療が広く普及するきっかけになることを期待させるものではあるが、全てのリンパ浮腫の患者さん達が、等しく適切な治療が受けられるようにするためには、リンパ浮腫の保険診療についてもさらに改訂されることが不可欠であり、今後も引き続き要求していかねばならない。同時に本懇話会が、四国四県のリンパ浮腫診療のレベルアップに役立つことを心から願うものである。